小春日和の放課後、ここ湘北小学校の体育館は今日も子供たちの活気に満ち溢れていた。
 
 「チーッス」
 
 「こんにちは」

 元気な掛け声と共にキャプテンを務める6年生の藤真と、同じく6年生の花形がやってきた。彼ら二人はクラブのある日には

数キロ離れた小学校から通ってくる。この辺りの地区で男子のミニバスチームがあるのは湘北小と、海南台小の2チームだけで

ある。サッカークラブなどに比べると極端に少ない数だが、当人達はさほどマイナー意識はもっていない。周りがどうとかは関

係ない。とにかくバスケが好き、誰よりも上手になりたい。そんな子供たちがここに集まって来るのだ。


 「なんだとキツネヤロー!」
 
 「どあほう・・・」

 「あいさつしろよオマエら」

続いてランドセルを背負ったまま体育館にやってきたのは、湘北小の仲良し3人組、5年生の宮城リョータ、4年生の流川楓、

同じく桜木花道。火事となんとかは江戸の華ではあるまいが、いつも何かしら厄介ごとを持ち込むトラブルメーカー達である。
 
 「オラ、そこの4年さっさと着替えて雑巾掛けしろよ。低学年に示しが付かねーだろ」

キャプテン藤真のややヒステリックな怒号にその場に居た者たちは、一瞬動きを止めたが、原因が件のふたりだと見るや、

またかとため息をついた。厄介事の発祥元である流川・桜木の両名は顔をあわせるなり何かにつけて火花を散らす。今はどちら

がシューズを早く履けるかなどと低次元な勝負を繰り広げており、互いに靴紐を引っ張り合っていた。

まだ練習すら始まっていないうちから早くも発揮される問題児っぷりに呆れ返る一同であった。
 
 

 「はい皆さん、揃いましたか」
 
 午後4時ジャストに湘北MBCの監督、安西が体育館に姿を現した。ふくよかな身体つきと穏やかな笑顔を浮かべゆったりと歩く

姿は一見、日溜りの縁側が似合うご老人に見えるだろうが、半袖半ズボンからのぞく手足は意外と筋肉質で只の太ったジージで

は無いことが伺えた。白髪の老練な紳士は全日本経験もあるこの辺りでは有名な名物監督であった。
 
 「「こんにちは、宜しくお願いします」」

子供たちの挨拶で今日も練習がスタートする。
 
 湘北MBC(ミニバスケットボールクラブ)はその名物監督の魅力をもってしても万年部員不足に悩まされていた。それというの

も近隣に海南台MBCというチームが有り、こちらは全国の経験もある強豪チームであった為に、即戦力となりそうな高学年は勿論

のこと入学したての1年生までもが、バスケするなら海南台とばかりに集まる次第なのだ。子ども自身が望んでのことなのか、

ブランド志向の強い親の意向なのかは判らないが、いずれにせよただでさえ少ないバスケ少年達の大半を持っていかれては、も

う一方のチームは目も当てられまい。

しかし、そんな弱小チームも昨年度の全国ミニバス大会では市内にある数チームを蹴散らし、さらに海南台に肉迫するところま

で行ったのである。結局予選リーグにコマを進めたのは、例年通りだったのだが、湘北にとっては十数年来の快挙であった。
 
 「今年こそ、海南台に勝つぞ!」
 
 「おお!」

キャプテンの号令に皆の足並みが揃った。
 
 「ほっほっほその意気です」

昨年の活躍で部員数も増えた。その多くは低学年で、主だった大会に出場資格のある4年生以上の部員は相変わらず少ないが、

未来は明るい。自分達が活躍すれば、下にいる者に良い影響を与えると思えば自然とやる気も起ころうというものである。
 


 「そうそう皆さんに良いお知らせが有ります」

いつもの如く言葉少なに指導にあたっていた安西はポンと手を叩くと椅子から立ち上がった。

 「教え子なんですよ。私は以前高校でバスケットを教えていましてね、その時の」

練習の手を休め監督に向き直った子供達は皆一様に頭に?を浮かべた。安西が以前は高校バスケの監督をしていたというのは

知っていたが、それが今どうしたというのだろうか。
 
 「もうすぐここへ来るはずです」

そう云うと壁の時計を見遣った。

 「おいジジイ何云ってんだ、ゼンゼン意味わかんねーぞ。誰が来るんだ」

遠慮などという愁傷な心構えは生まれつき持ち合わせていない桜木花道が元気いっぱい堂々と難癖を付けてきた。
 
 「おいっバカ道、監督に向かってジジイはねーだろ」
 
 「なぬ?バカとは何だリョーちんこめ!この天才に向かって」
 
 「りょーちんこって云うな!」
 
 「どあほうが二人・・・やれやれ」
 
 「「なんだとカオナシ野郎!!」」

今日も今日とてご多望に洩れず始まりました3馬鹿トリオの罵り合いは、
 
 「だまらっしゃーい!!」
――バシッ×3

この様な形で終結させられるのが常だった。
 
 「安西監督、遅くなってスミマセン」
 
 「いいえ、いつも来てくれてありがとう」

 後ろ手にハリセンを持つは湘北MBCのマネージャー、彩子である。彼女も安西の教え子であった。女子大生の彩子は暇を見つけ

てはここまで足を運びマネージャーとして雑務や子供たちの安全に気を配っているのだ。しかし当の子供たちには鬼コーチなら

ぬ鬼マネージャーと恐れられているのだが。
 
 「そういえば今日からですよね、監督」
 
 「その筈なんですが、遅いですね」

安西がゆっくりとした動作で再び壁の時計に目をやった時、何処からか懐かしの時代劇のオープニングテーマが流れた。
 
 「あ、ちょっとスミマセン先輩からだわ」

音の発信源は彩子の携帯からだったようで、小走りに体育館の入り口まで駆け寄ると通話ボタンを押した。
 
 「ちょっと先輩、今何処ですか。監督も子供たちも待ってるんですよ」

気を使ってか皆から離れて体育館の入り口で電話に出たのだろうが、彩子の声は大きく、まったく意味が無いほど筒抜け

だった。そして会話の内容がどうやら自分達に関わりのある事らしいと悟った周囲の目が一斉に監督に向けられた。

そして当の監督はもったいぶる様に間を置くと、
 
 「新しいコーチが今日ここにやって来ます」

――ええええええ

「どんな人ですか」「うわー怖い人だったらどうしよう」「女か?女がいいな」

衝撃の事実を明かした。と同時に怒涛の如くの質問攻め。安西の周りはあっという間に黒山の人集りとなった。


 「安西監督、辞めちまうんですか」

 そんな子供らの謙遜から離れたところに一人立っていた流川の、幾分声を張り上げた一言に騒がしかった体育館が瞬く間に静

まり返った。

眼鏡の奥の小さな瞳が一瞬大きく見開かれた。驚いた安西はけれど直ぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべた。
 
 「それは違いますよ、私は辞めませんが・・」
 
 「迷ったって!?ちょっとしっかりして下さいよ、今何処なんですか」

安西の言葉は彩子の張のある声に掻き消されてしまった。

 「学校って、湘北小ですか、今校内にいるんですね」

新コーチは現在校内で迷子らしい。

 「おい、リョーちん新しいコーチって小学生か」

 「まさか」

 「でも迷子になってるらしいぞ、大人なら迷子にはならんと思うのだが」

電話のやり取りは、もちろん彩子の言っている事でしか皆には分からないのだが、それでも十分話の内容が見て取れた。

 「5年生の教室の前にいるんですね、それだったら北側の階段を下り・・・・え、そんなアホなこと聞かないでくださいよ」

 「おい花形聞いたか、新コーチはアホらしいぞ」

 「また問題児が増えそうだ」

迷子の新任コーチは今や時の人、いろんな意味で早くも少年達のココロを鷲づかみである。


 「だから南の反対側が北です」

 「・・・・・」

なにやら地球の構造あたりからの説明が必要のようで、これにはさすがに絶句した。先ほどの花道の新任コーチは小学生!?説が

俄かに信憑性を持ちだした。

 「ちょっ、そんなに怒鳴んないで下さいよ、先輩が分かんないって言うから親切に・・あーもう分かりました。いいですか良

く聞いてくださいね」

彩子の言葉に、必死に聞き耳を立てる子供たち。まあそうしなくとも聞こえては来るのだが、皆の表情は真剣そのもの、

各担任がこの場に居たのならその集中力を授業に発揮してくれと言ったに違いないほどである。そう彼らはこれから聞かせてく

れるであろう面白話に、誰もが期待に胸を膨らませていたのだった。

 「まず廊下の窓を正面にして立って下さい」
――フムフム(子供達)

 「そしたら窓の向こう、先輩の視線の先に見えますのが、西の空でございます」
――おおバスガイドみたいだ(子供達)

 「そうしましたら、今度は右側を向いて下さい」
――こんどは右だ何がある〜(子供達)

 「その先にあるのが北側の階段でございます。降りたら右奥に・・そうです、急いで来てくださいよ」

 こうして懇切丁寧手取り足取りの説明が終わった頃には、体育館では『まいごのまいごの子猫ちゃん♪あなたのお家はどこで

すか〜』と口々に大合唱を始めていた。




 さあ皆さんお待ちかね、の新任コーチがやって来た。今まさに体育館の出入り口に足音近づいてきたのだ。側に居た彩子がぱ

っと駆け寄った。

話題騒然まいごのまいごの新任コーチとは一体どんな人なのか、

 「どうしたんだ、来ないぞ」

 「やっぱアレじゃないか、恥ずかしいんじゃないのか」

ざわめきだす子供達、するとそこへ聴きなれない声が飛び込んできた。

 「ったくオメーのせいで怒られちまったじゃねーか」

それは、ほんのちょっと掠れた男の人の声だった。先ほどの電話での会話では無論聞く事の出来なかった声が直ぐそこでしてい

るのだ。

 「はぁ?」

 「はあ、じゃねーよ、今そこで叱られたんだよ、廊下は走らないでクダサイとか言われたんだ。オメーが急げっつーから

走ったらこのザマだよ」

声は聞こえど姿は見えず。体育館の出入り口の扉は開いているのだが、こちらからでは向こう側が暗くてよく見えないのだ。

 「そんな事で怒らないで下さいよ」

ただ姿は見えずとも声だけははっきりと聞こえる。

 「そんな事じゃねー、学級委員みてーなツラしたコドモに叱られちまったんだぞ、他にも何人か生徒がいてよ恥ずかしったら

ねーぜ」

いい大人が校内で迷ったぐらいで大騒ぎで電話を掛ける時点で既に途方もなく恥ずかしいことなのだが、彩子も敢えて口には出

さなかった。

 「とにかく、皆待ってますよ」

 「おう!・・・・なぁなぁ俺今髪型変じゃねえ?走ったからよ乱れてねえかな」

威勢良くおう、と言った割には結局その場から一歩も踏み出して居らずであった。体育館の中では子供達が一斉にズッコケたに

違いない。

 「大丈夫ですよ、イケてます」

 「そうか、よしっ!・・・・いや待て、あーあーあー」

 「なにやってんですか」

 「発声練習だよ、あーあーあめんぼあかいなあいうえお、よし声量声質共に問題なし、第一印象ってーのは結構大事なんだ、

子供ってーのは意外と大人を見抜くからな。最初が肝心なんだ。よっしゃ行くぜ」
 
第一印象は既に植え付けられてしまっているような気がするが、兎にも角にもようやく御披露目と相成った。

  

 「はじめまして、今日から湘北ミニバスケットボールクラブのコーチをする事になった三井です。よろしくな」

 「・・・・・・」

 一同無反応、という訳ではなく咄嗟に言葉が出なかっただけだったのだ。短い時間の間で数々の醜態をさらしたヒトと、目の

前に立つヒトとが一致しないのだった。校内で迷子になり、生徒に叱られ、彩子に八つ当たりし、間際で足踏みし発声練習をす

るような男にはとてもみえなかった。

 少年達の羨望にも似た視線を一身に浴びる青年は、教育番組に出てくる”体操のお兄さん”の様な一転の曇りも無い好青年に

は見えないし、ドラマに出てくるヒーローのような特筆な感じもしない。ましてスポーツ選手特有の溢れ出でる気のようなもの

も感じられなかったが、何か見る者を惹きつける存在感があった。そしてなにより綺麗なのだ。意志の強そうな眉はキリリと上

がり、線のハッキリとした大きな眼は、柔らかい色合いの薄茶で白目部分は微かに青み掛かっていた。それから鼻筋の通った形

の良い鼻は大きすぎず小さすぎずで、少し厚めの唇はとても柔らかそうだった。それらが小作りな頭部にバランスよく配置され

ている。子供でも十分理解できる造形美がすぐそこに存在しているのである。
 

 「彼は今年大学を卒業し、今はスポーツクラブでインストラクターをしていますが、君たちにバスケットを教えるためにコー

チを引き受けてくれました」

 「みんなさっきまでの元気はどうしたの?これからお世話になる三井コーチにまず挨拶でしょ」

張センを小脇に抱えるマネージャーの言葉でようやく呪縛から解かれた子供達たちが、俄かにざわめきだした。

そこへ一歩前に出たキャプテンの号令が掛かる。

 「整列!三井コーチに礼、これからよろしくお願いいたします」

 「「よろしくお願いいたします」」


 穏やかな監督と女子大生(鬼)マネージャー、そしてイケメン新コーチを迎えた湘北MBCの今後が楽しみである。

 「ところでミッチー、俺は天才桜木花道だ。時期キャプテンと言われている。まあ宜しく頼むよ」

 「あン、誰がミッチーだコラァ、ふざけんなよこの赤ボーズ!」

 「ちょっと三井先輩、子供相手に凄まないで下さいよ」


 訂正、どうやら前途多難の船出になりそうだ。


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三井コーチと少年達のラブコメディー!?湘北MBCがスタートしました。ミニバスの知識があまり無いもので、いろいろ間違いも出てくるかもしれませんが見逃してやってくださいませ。
そしてなにやら長編になりそうな予感です。今回はその第一話ということで、説明的な話が中心になってしまった様な気も致しますが、次回からは管理人得意のドタバタエロコメディー全開で行きますので、(つーか毎回そのパターンじゃねーかというツッコミはどうぞ心の中で^^;)どうぞしばらくお付き合いくださいませ。→次回予告、遅れてきたエース?が登場!(誰でしょうかってバレバレですか)

>リクエスト頂きました六花サマ、大変にオイシイ素敵なリクをして頂きありがとうございました。ご期待に添えているか不安ですが、宜しかったら貰ってやって下さい。そしてこれからもよろしくお願いします。

Scene1ー新任コーチがやって来る